日本語だけでは得られない、英語で鍛えられる3つの能力

gift-English

アメリカに来て半年、つまり英語を勉強し始めて半年が経った。
こっちの語学学校では、人種のるつぼのアメリカだけあって様々な国の人が集まってる。

アメリカで英語を勉強することは、英語だけでなく異文化の文化も学べるなと予想外の学びがあって本当に楽しい。

今回は半年英語を学んで気づいたことをご紹介する。
それは、その言語を学ぶことによって身に付く能力についてだ。

①【組み合わせ力】論理的思考やロジックが身に付く

論理的思考が身に付く

Photo by Sebastiaan ter Burg

英語を学び始めて一番面白いなと感じたのは、その文字の「少なさ」にある。
日本語は、ひらがな、カタカナ、漢字という3種類の文字から形成されている。
その中で、ひらがなは48文字、カタカナも48文字、そして漢字はなんと5000字~数万字から成り立っている。

それに比べて英語は、ABCなどのアルファベット1種類から形成され、その数はたったの26文字しかない。

つまり英語という言語は、26文字という少ない文字から、膨大な組み合わせをして一つの言葉や会話を生み出している言語だということだ。

これは日本語と比べてとても大きな違いだ。
日本語は膨大な文字の数を覚える言語であり、英語は膨大な文字の組み合わせを覚えていく言語だと考えることができる。

だから世界中の言語の視点から見たときに、日本語は記憶力を高めてくれる言語であり、
英語は組み合わせ力、つまりは論理的思考やロジックが身に付く言語だと言える。

ちなみにぼくは、よく日本では詰め込み教育といった問題がよく議論されているがなぜそのような詰め込み式の教育になったのか、という元をたどれば「日本語という言語そのものが何万種類もあって詰め込まないと人と会話することができない言語だからだ」と答えるようにしている。

脱線したが、そういった意味で英語という言語を学ぶことで論理的思考やロジックを鍛えることができる。

②【明確化】思考や発する言葉が明確になる。

英語では、日本語のように「すみません」「よろしくお願いします」と言った一つの言葉で色んな意味を総括できる単語がほとんどない。

日本語は、空気を読む文化であり、相手が言いたいことを察する力を持っている人が優秀だと思われる傾向にある。それゆえに、明確にするという力が育っていない。

しかし英語では誰も察することはできないし、誰も察してくれない。

本当に人に想いを伝えたかったら、「Thank you」だけでもだめで
「Thank you for coming」来てくれてありがとう!
「Thank you for your invitation」招待してくれてありがとう!
と言った風に一つ一つの想いをちゃんと言葉にしないと伝わらないといけない。

この文化に慣れていくと、自然と物事を明確に伝える力が養われていくのだ。

③【対等関係】フラットな関係をつくる力を持てる

日本語は、場所や立ち位置によって使う単語を変えなければいけない。
例えば、英語ではどんな場面においても私のことは「I」だ。

しかし、日本語だと例えば
友達といるときは、「俺」
仕事の場面では「僕」
公の場面では「私」と言った風に自分の呼び名をその立ち位置や適切な場面において使い分けなければならない。

また、日本語は関係性において言葉全体の使い方も変わる。分かりやすいのが敬語だ。
目上の人ならば、です・ます調に語尾を変換して話し、
同等の立場なら、もっとくだけた動詞を使う必要があり、
目下の人なら、「だ、である」調の語尾へと変換する。

こういった風に日本語というの場所や立ち位置によって発する言葉を変えなければいけない。

それに比べて、英語はどんな年下だろうと、目上の人だろうと
あなたは「You」であり、言葉全体を変える必要がないのだ。

楽天の三木谷社長も、2010年会社内での言語を英語に統一したときの理由にこのように語っている。

日本語は人と人との上下関係をはっきりさせる言葉で、意思疎通に弊害があること

楽天三木谷社長

今は多くの企業が、シリコンバレーの成功企業GoogleやFacebookのようにフラット化された組織を目指すようになってきた。
意思決定のスピードアップ、現場への権限委譲、人件費削減のためだ。

しかし、ぼくが思うのは日本語という上下関係やTPOを意識した言語を使っている限りフラットな関係をつくることは難しいということだ。

これから起業する人も、本当にフラットな会社をつくりたいと思っているのであれば日本を出て英語の文化を学び、日本語の環境では決して学べない本物のフラットな関係性を学ぶべきだ。

ぼくの考察:働く場所が自由になったとき、場所を選ぶ基準としてその言語で何を鍛えられるか?という基準が加わるかもしれない

ぼくは常々、本でもブログでもネットが発達した世の中、これからの働き方は場所にしばられない働き方にどんどん移行していくと考えている。

その中で、人はどういう風にして住む場所を選ぶのか、何が選ぶ基準になるのか、それを考えるのは一つのぼくの楽しみだ。

その中で今回の英語を学んでみて思うのは、言語を学ぶことによって向上する能力によって人は場所を選ぶようになるということだ。

例えば、自分は論理的思考が乏しい。もっとできるようになりたい。と考えたときに論理的言語が向上しないとうまくコミュニケーションがとれない「英語」という言語を学ぶために、アメリカに住む。

という感じだ。
これまでのぼくの経験から言うとどんなに働く場所が自由になったとしても、人間は成長を追い求めるものだ。

何かを成長させるために、新しい言語を学ぶことで解決するとしたら、それは住む場所を選ぶ基準となり得るはずだ。

また戦略的思考などは企業の研修ルームでずっと開催されている。
もっと先の未来では、「きみは戦略的思考に欠けるからアメリカに住みながら仕事しなさい。」と新たな企業研修のスタンダードとなるかもしれない。

あなたはどう思うだろうか?


この記事が気に入ったら
いいね!しよう
中村あきらの最新情報をお届けします
Twitterで中村あきらをフォローしよう!

ABOUTこの記事をかいた人

中村 あきら

こんにちは、あきらです! 読んで頂きありがとうござます。このAKIRA DRIVEは、僕の活動をまとめています♪ このブログから色んな情報やインスピレーションを持って帰ってもらえたら嬉しいです。そして、いつか地球のどこかでお会いしましょう! フォローはこちら →  Twitter https://twitter.com/akira207 Facebook https://www.facebook.com/akira19850402